思考の深さは「それをどこまで自分事として考えられるか」によると思う

 

今日の昼にふと思った話。

思考の深い浅いってあるじゃないですか。で、この深さは「それをどこまで自分事として考えられるか」によると思うんです。急にそう思いました。

 

例えば他人がガンになったとしましょう。それ聞いても、ガンについて調べませんよね。でも自分がガンになったら、めっちゃ調べると思うんです。検索ページの10ページ目くらいまで見るでしょう。

他人が余命一ヶ月だと宣告されたとき、それを聞いて可哀想だとは思っても、それ以上は考えないでしょう。でも自分が余命宣告されたら、人生についてアホみたいに考えるはずです。

 

こういうことがあるから、思考の深さと自分事感はリンクしてると思うんです。

 

他にも例を出しましょう。

実家に寄生してるニートは、家計のことなんて考えないでしょう。でも自分のお金で一人暮らしを始めたら、家計についてよーく考えるでしょう。考えないと無くなるから。

サラリーマンは会社について考えないでしょう。でも自分が社長になったら、毎日何時でも考えるはずです。倒産したら社員全員+その家族を路頭に迷わせますからね。

 

えー、なんだか自分の思想が入ってきたな。本当は仕事の流れでなくても良かったんだけどw

 

もう少しだけ書きましょう。

こう書いている間に死んでる人もいるんですよね。明日って日は、その人が生きたくて仕方なかった1日でもあるんです。そう考えると、無駄に出来ないって思いませんか?(てかこれ、幻冬舎の見城さんのパクリだな)

原発反対って言いますけど、自分が飲食店のオーナーで店の電気代が月に10万くらい上がったらどうしましょう?反対に原発賛成って言いながら、自分の実家が原発の近所にあったらどうしましょう?最愛の両親がそこに住んでたら。

 

なんか上手いこと言えないんですが、まあこんな感じですw

 

他人事だと思ったら全く考えないでしょうが、自分事だと思えばアホみたいに考えるんです。

せめてこれ、自分の人生についてだけは自分事として考えたいですね。そうしないと必死に生きられないから。