「ブラック企業」なんて言葉がある今だからこそ、この小説をおすすめしたい。青空のルーレット。

 

ときに「青空のルーレット」っていう小説をご存知でしょうか?

これは世にも珍しい窓拭き小説なんですが、その内容が今の社会にマッチしてるので、紹介したいと思います。

 

青空のルーレット (光文社文庫)

青空のルーレット (光文社文庫)

 

 

職場がブラックだ、なんて思ってる人は、一度これ読むといいですね。

心がホワイトになるばかりでなく、ブラックな職場との向き合い方まで分かりますよ。

 

(以下、青空のルーレット、p17より引用) 

 

俺達が窓を拭いていたのは、メシを喰うためだ。

 

俺達が窓を拭いていたのは、家賃を払うためだ。

 

しかし俺達が窓を拭いていたのは(誓ってもいい)

 

夢を見続けるためだ

 

さあ、超爽やかな青春小説、青空のルーレットをご紹介しましょう。

 

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東京の夏は暑い。

晴れわたった青空から、くる日も、くる日も、強烈な陽射(ひざし)がコンクリートを射る様に照りつけてくる。

人と、車と、空調機器の吐き出す澱んだ(よどんだ)熱気が、そんなこの街の暑さを更に過酷なものへと加工し続けていく。

往来を行くサラリーマンたちは、みな汗を拭きながら歩いている。

くたびれ果てたヤクルトおばさんは、日陰で息を吐(つ)いている。

街路樹に蝉が鳴きしきり、歩道に捨てられたアイスクリームは、溶けて蛾たちに集られ(たかられ)ている。

その傍らをいろんな人間達が、右に左に今日も忙しそうに流れ続けて行く。

何処かで(どこかで)救急車のサイレンが鳴っている。

何処かで右翼の軍艦マーチが聞こえている。

三割、四割、当たり前っ!!

ヨドバシカメラが騒いでる。

熱されたコンクリートの街に、人が、車が、騒音が、今日も溢れかえっている。

 

ビルの壁面に垂らしたロープにぶら下がり、俺達は、そんな奴らの頭上三十メートルで静かに揺れている。

或いは激しく揺れている。

揺れながら、せっせと窓を拭いている。

サッシの眩しい(まぶしい)照り返しを浴(う)けながら、窓ガラスに泡立つ洗剤水を塗りたくっている。そしてスクイジと呼ばれる車のワイパーに似た道具で、円を描く様にそれを手際よく切っていく。うす汚れた窓たちが、街の高くでたちまちキレイになっていく。

空中に並んだ仲間達は、みな汗だくになってそんな作業を続けている。

 

俺達は、窓拭きだ。

正しくは、高所窓硝子特殊清掃作業員(コウショマドガラストクシュセイソウサギョウイン)というらしい。 

 

まず冒頭の文章からしていいですね。思いっきりガラス屋(窓拭きのプロ)のそれでしょう。

クソ暑い中を一般人の遙か上で作業するガラス屋たち。

これ、作者の方も思いっきりガラス屋だったらしいです。だから、このあと出てくる描写もリアルなんですよね。

(ちなみに僕は16歳からガラス屋です)

 

窓拭きのプロ、通称「ガラス屋」っていうのは、今も昔もホワイトです。

やってることは思いっきりブラックなんですが、人間関係がほんわかしてて、非常に居心地がいい。

ギャラはバブルの頃とは比べ物にならないくらい安くなりましたが、人間関係はそのままだと思います。

 

何か他に(音楽とか芝居とか)やりたいことのある人。

頭のおかしい人。

マイペースな人。

変態。

 

ガラス屋にはこの4種類の人間しか集まりません。

だから独特の空気が流れてて、居心地がいいんです。

 

十階が了り(おわり)、九階が了り、八階が了り、、、、

陽に灼かれ(やかれ)ながら一時間もそうしていると、体が強烈に水分を要求し始める。

「休憩しよう」

誰かがそう言い、それに、「おう」と、みなが応(こた)える。

ウルトラマンが三分で力尽きる様に、俺達の体は一時間で干上がってゆく。

もっとも、べつに干上がらなくても俺達はよく休む。

目と目が合えば、すぐ休む。

その方が結果的には能率が上がるのだ、などと考えている訳ではべつに無い。俺達は、ただ、休むのが好きなのだ。

だから好きな時に好きなだけ休む。一個のビルさえ仕上げちまえば、誰に何を言われる事も無い。

気楽な稼業、呑気な商売。ときどき危険、死んだ奴アリ。

それでも休日も自由にとれるし、現場で仕事ぶりを見張る上司なども無い。仕事が了りさえすれば、二時にだろうが、三時にだろうが、さっさと帰る。一日十万円貰った奴のハナシは聞かないが、半月も働けば楽に暮せる程の金にはなる。俺達の様な「夢見る好青年」どもには、うってつけの仕事。だから、皆、気がつけば二年も三年も、このバイトをやっている。

 

 

うん。出てますね。ガラス屋のホワイト感が出ています。

これ、めっちゃ休むっていうのは本当です。一服したくて働いてるようなもんですからね。

ただ、この小説の設定は昭和末期なので、ギャラのそれは違います。

半月働いて生活はギリギリ出来るけど、楽な生活は無理でしょう。

 

近くのコンビニで思い思いのものを買い、俺達は休憩めざしてエレベーターに乗り込む。

途端にエレベーターの中に男達の汗臭さが充満したりする。

そこへ銀行の封筒を手にした女子社員が駆け込む様に乗り込んで来たりする事もある。先を譲った最後の仲間が乗った瞬間、ブー、と荷重オーバーのアラームが鳴ったりする。女子社員が、ひとつ笑い、乗れなかった間抜けも笑う。皆が笑って扉が閉まる。そんなエレベーターがビルを静かに昇って行く。

やがてエレベーターが最上階に着き、非常階段を上がって、俺達は屋上に出る。くそったれな午後の太陽が青空でめいっぱいに自分の仕事を続けている。きっと今日じゅうに俺達を灼き殺す気だと俺は思ってみる。腕も首筋も痛い程に灼けて、時計を外すと、そこだけ白い肌が残っている。互いの灼け具合を比べ合ったりしながら、俺達は屋上を歩く。そして干からびた体にポカリスエットを一リットルも二リットルも流し込む。やがて乗りそこねた一人がのたのたと遅れてやって来る。手にはコーラの大瓶を下げている。煙草に火をつけ、上半身を裸にし、陽ざらしのコンクリートに腰を下ろして俺達は暫く(しばらく)の休憩をとる。誰かが買い込んできたスナック菓子などを皆であっという間に喰っちまう。満ち足りた気分でばたりと倒れて空を見る。背中のコンクリートが水の様に柔らかく感じられ、仲間達のバカ話を耳にしながら数分ほど眠ってしまう事もある。

そんな時、日陰で休憩をとった記憶が無いのは何故だろう。

いつもわざわざ灼けついた屋上で体を休めていた様な気がするのは何故だろう。

頭が悪かったのか。若かったのか。それともそうすることが「自由」という言葉にどこか似ていたのか。

そのどれでもあり、どれでも無いのかも知れないが、要するに俺達はただ太陽が好きだったのだろうと思う。その下にいつも居たかったのだろうと思う。だから俺達はいつも陽ざらしの石ころの様に太陽の下に転がっていた。転がりながら毎日ビルの窓を拭いていた。

 

昭和と違って、今の夏はクソ暑いんで、わざわざ太陽の下に行くようなことはしませんが、休憩の雰囲気は同じですね。こんな風に一服しては、昨日のキャバクラがどうだったとか、話し合っています。

「あの娘イケるぞ」とか言いながら、給料前借りするんですけどね。

 

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この小説に出てくる会社は「宝栄ビルサービス」っていう、それは感じの良い会社なんですけど、一人だけダメなやつがいるんですよ。

「奥田」って いうやつで、一応は会社の専務、ナンバー2なんです。

 

でもこれは社長の弟だからナンバー2であって、本人の実力じゃないんです。むしろ奥田は本物のアホで、いわゆる出来の悪い弟。

そんな弟をなんとかしてやりたいって思った社長が、今のポジションを与えたんです。

専務っていう重役を任せれば、その職責でこいつもマトモになるんじゃないかと。

 

でもならないんですよ。奥田はアホ全開で色んなことをやらかすんです。

んで、肝心の社長は体を悪くして入院。だから歯止めが効かなくなっていう展開ですね。

 

奥田は意地の悪いことを色々とするんですけど、その中でも特にキツく当たってたのが「荻原さん」ておっさん。

荻原さんは当時ではまずいない、45歳のガラス屋でした。(9割が20代。30代もジジイ扱いが普通です)

 

社長と荻原さんが古い友人で、社長も荻原さんにめっちゃ優しくしてたせいか、奥田が嫉妬するんですよ。それで荻原さんに当たりまくるっていう。

 

んで、話はどんどんエスカレートしていくんです。

 

荻原さんに持ち込まれた一本の独立話。夫婦で小さな事務所を開く荻原さん。

 

清掃道具ひとつひとつに奥さんがマジックで会社名を書き込むっていう、マジ暖かい独立。

 

でもそれは奥田の仕組んだことで、荻原さんは、どうやっても終わらないだろう巨大な現場を請けることになっちゃうんです。完全にハメられるっていうか。

 

それを見てニヤニヤ笑う奥田がいるんですが、そのときにガラス屋の仲間達が取った行動が、じつに爽やか。

 

ブラック企業に立ち向かう方法がここにある

 

ってわけで、青空のルーレット、最高におすすめです。

こんなホワイトな小説、他にはない。

 

青空のルーレット (光文社文庫)

青空のルーレット (光文社文庫)